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寛永通宝の価値と買取相場を一挙に紹介!その他の代表的な穴銭の種類も

寛永通宝

「家の大掃除をしていたら押入れの奥から古銭が出てきた」

「祖父母が保管していた古銭を売りたい」

遺品整理や生前整理で家の中を整理しているときに古銭が見つかるケースは、意外と多くあります。

寛永通宝は古銭の代表格ともいえるもので、江戸時代の長きにわたって数多くが流通していたため、保有しているという人もいるのではないでしょうか。

そこで、本記事では寛永通宝の価値と買取相場を中心に解説します。

また、寛永通宝以外の穴銭や高く売るコツについても言及しているため、売却を検討している人は参考にしてください。

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目次

寛永通宝とは

寛永通宝は江戸時代に広く流通していた銭貨で、1626年(寛永3年)に佐藤新助という人物が作ったものが最初とされます。その後幕末まで鋳造され、300年以上にわたって使用されました。

日本の古銭としては和同開珎などと並び、よく知られた銭貨といえるでしょう。

寛永通宝の製造開始に関しては1636年(寛永13年)とする説もあります。これは、1626年には私鋳銭として製造が始まり、1636年には公鋳銭として本格的に鋳造されるようになった背景が関係していると考えられます。

寛永通宝の形状は円形で、中心には正方形の穴が開けられており、このような銭貨を「穴銭」といいます。表面には穴の上下左右に「寛永通宝」の4文字が刻印されています。

また、寛永通宝には一文銭と四文銭があり、大きく以下のように分類できます。

  • 銅一文銭
  • 鉄一文銭
  • 真鍮四文銭
  • 鉄四文銭

このうち、銅一文銭は発行年により「古寛永」と「新寛永」に分けられます。

鉄一文銭は1739年、真鍮四文銭は1768年、鉄四文銭は1860年から見られるようになります。

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寛永通宝の種類

銅一文銭の寛永通宝は、古寛永・新寛永に分けられ、1659年(万治2年)までに鋳造されたものが古寛永、その後、鋳造されなかった時期を経て、1668年(寛文8年)以降に鋳造されたものが新寛永とされます。

以下に、古寛永と新寛永の一覧を示します。

古寛永

1636年(寛永13年)から1659年(万治2年)まで鋳造されていたものが、古寛永です。

古寛永の種類発行年代
浅草銭1636年
芝銭1636年
坂本銭1636年
水戸銭1637年
仙台銭1637年
吉田銭1637年
松本銭1637年
高田銭1637年
長門銭1637年
松本銭1637年
岡山銭1639年
建仁寺銭1653年
沓谷銭1656年
鳥越銭1656年

新寛永

1668年(寛文8年)以降に鋳造されたのが新寛永です。

新寛永の種類発行年代
亀戸銭(文銭)1668年
亀戸銭(島屋無背)1674年
元禄期亀戸銭(江戸荻原銭)1697年
元禄期京都七条銭1700年
宝永期亀戸銭(四ツ宝銭)1708年
正徳期亀戸銭(丸屋銭)1714年
正徳期亀戸銭(耳白銭)1714年
享保期佐渡銭1717年
享保期京都七条銭1726年
享保期仙台石巻銭(仙)1728年
享保期仙台石巻銭(旧称猿江銭)1728年
享保期難波銭1728年
元文期伏見銭1736年
元文期平野新田銭1736年
元文期和歌山中之島村銭1737年
元文期小梅銭1737年
元文期日光久次良村銭1737年
元文期秋田銭1738年
寛保期長崎一之瀬銭1740年
寛保期高津銭1741年
寛保期足尾銭1741年
明和期長崎銭1767年
明和期亀戸銭1768年
元文期中島加島村銭1739年
明和期伏見銭1765年
明和期亀戸銭1765年
明和期太田銭1768年
明和期石巻銭1768年
安永期太田銭1774年
天保期洲崎銭1835年
安政期小菅銭1859年
明和期千田新田銭(二十一波)1768年
明和期千田新田銭(十一波)1769年
文政期浅草橋場銭1821年
安政期深川東大工町銭1857年
万延期深川東大工町銭1860年
慶應期小梅水戸藩邸銭1865年
慶應期盛岡大迫銭1866年
慶應期石巻銭1866年
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プレミア価値のつく寛永通宝

寛永通宝の中でもプレミア価値がつくものを2種類紹介します。それが「島屋文」と「二水永」です。

島屋文

島屋文は新寛永の初期に製造され、他の寛永通宝と比べて特にプレミア価値が高くなっています。島屋文には裏面に「文」の文字がある文銭であり、その中で最も希少性があるともいわれます。

寛永通宝の裏面には「文」「元」「足」「長」「小」「千」「久」「盛」などの文字が表記されているものがあり、多くの場合、鋳造地の情報を示していますが、文銭の「文」、二水永の「三」は製造された年代を示しています。

また、他の島屋文の特徴として、「寛永通宝」の字体について「通」の文字の「マ」部分がカタカナの「ユ」のような形になっていることや、「永」「通」の文字がやや傾いているといったことが挙げられます。

買取価格は30万円程度になることもあり、状態によってはさらに高額になることも考えられるでしょう。

二水永

二水永は1626年(寛永3年)に佐藤新助が作った銭貨で、寛永通宝の中で最も古いとされる種類です。

表面に刻印された「永」の文字が、漢字の「二」と「水」を合わせたように見えることから「二水永」の名前があります。また、裏面には寛永3年に製造されたことをしめす「三」の文字が見られます。

二水永は幕府公認になる前に製造され、流通量が少ないことから希少価値が高く、高価買取が期待できる銭貨です。5万円程度の買取相場で、状態によってさらに高価となります。

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寛永通宝の価値と買取相場

寛永通宝の中でも価値がつきやすいものと、買取相場について紹介します。

水戸銭

水戸銭は1637年(寛永14年)、水戸に設置された銀座で鋳造された寛永通宝です。

発行枚数が多いためそれほど高い価値にはならず、買取相場は100〜500円程度です。ただし、種類や状態によっては価値が上がり、数万円で取引された例もあります。

浅草銭

浅草銭は1636年(寛永13年)、浅草の銀座で鋳造されました。「御蔵銭」や「志津磨百手」など複数の呼び方がありますが、これは浅草銭に使用されている書体の種類の多さに由来すると考えられています。

浅草銭に刻まれる文字は1枚ごとに異なるといわれるほど多彩で、書体により価値が異なります。

買取相場は500〜1,000円程度です。

芝銭

芝銭は1636年(寛永13年)、浅草の銀座で発行された古寛永のひとつで、江戸幕府によって銀座が設置されて最初に鋳造されました。

発行枚数が多かったため買取相場はそれほど高くはなく、10〜500円程度です。

ただし、銭貨の原型である「母銭」であれば価値がつき、15,000円程度になることもあります。

正字入文

正字入文(せいじいりぶん) は1668年(寛文8年)、亀戸で鋳造された文銭に該当する寛永通宝です。

裏面に刻印された「文」の下半分が漢字の「入」のような形になっているのが特徴です。

買取相場は高くなく10円程度ですが、数万円程度になる希少価値の高いものもあります。

正字背文

正字背文(せいじはいぶん)は1668年(寛文8年)、亀戸で鋳造されました。正字背文と同じく、裏面に「文」が刻まれた文銭です。

発行枚数が多いため希少性はあまり高くありません。買取相場も10円程度です。しかし、書体が珍しいものならプレミア価値が付く可能性もあります。

下野国足尾銭

下野国足尾銭(しもつけのくにあしおせん)は1741年(寛保1年)、栃木県にある足尾銅山から採掘された銅で作られていた寛永通宝です。

足尾銅山の銅が使用されていることから裏面には「足」の文字が刻まれているため、この種類を見分けるのは比較的簡単です。

下野国足尾銭は大きさが一定でない特徴があり、サイズが大きいほど買取価格が高くなる傾向があります。

小梅銭

小梅銭は1737年(元文2年)、江戸の小梅村というところで鋳造された新寛永のひとつです。

裏面には「小」という文字が刻印されていることと、他の寛永通宝に比べて軽量であることから、この種類を特定するのは容易です。

また、書体のバリエーションが多く、それぞれ価値が異なります。

石ノ巻銭

石ノ巻銭(いしのまきせん)は1728年(享保13年)に発行され、現在の宮城県石巻市あたりで作られた新寛永です。裏面には「仙」の文字が刻まれていますが、ないものも存在しています。

発行枚数が多く希少性はあまりありませんが、書体の種類や状態によっては価値のつくものもあり、1万円前後で取引される可能性があります。

松本銭

松本銭は1637年(寛永14年)、信濃の松本で発行された新寛永で、発行枚数が少ないため希少価値が高くなっています。

松本市立博物館に所蔵されていることからも、希少性の高さがうかがえるでしょう。

寛永通宝の中では、比較的高値で取引される傾向にあり、1万円を超える価格となることもあります。

亀戸銭(文銭)

亀戸銭(文銭(ぶんせん))は1688年(寛文8年)、亀戸で鋳造された寛永通宝です。裏面には「文」の文字があります。

書体によって多くの種類が存在し、中には10万円以上の価値となるものも存在します。

一般的な買取相場は10〜1,000円程度です。

背広佐

背広佐(せびろさ)は1717年(享保2年)、佐渡の銀座で鋳造された新寛永の寛永通宝です。裏面には鋳造場所をあらわす「佐」の文字が刻印されています。

ただし、長期にわたって鋳造されていたため「佐」の文字が見られないものもあり、書体も複数見られます。

数百円程度の買取相場となることが多いですが、母銭など希少価値が高いものであれば数十万円になる可能性もあるでしょう。

日光御用銭

日光御用銭は1714年(正徳4年)に鋳造された新寛永で、「寳(宝)」という文字の「尓」部分にハネが見られないことが特徴です。

日光御用銭は徳川家が日光参詣をする際に使用するために鋳造されたといわれており、当時の年号から「正徳御用銭」とも呼ばれています。

残存数が少ないため希少価値が高く、10万円以上で取引されることもあります。

退点文

退点文は1668年(寛文8年)に鋳造された新寛永で、裏面に「文」の文字がある文銭の一種です。

退点文の特徴は「文」という文字の1画目である点の部分が、他の文銭と比べて右側に寄っていることです。このような字形を「退点」と呼び、他の寛永通宝にはあまり見られない様式です。

買取相場は数百円から数千円ほどですが、母銭であればより高額で取引されます。

耳白銭

耳白銭は1714年(正徳4年)、江戸の亀戸で鋳造された新寛永の寛永通宝です。

耳白銭の名前は、銭貨周囲の縁部分(耳)が広く、また白っぽい縁取りをしているものが多いことに由来しています。あるいは、耳白銭の「白」は、当時「広い」を「シロイ」と発音していたことに由来しているという説もあります。

さらに、白銅に近い色合いになったことも名前に影響を与えている要因のひとつです。

耳白銭は寛永通宝の中では比較的価値が高い部類に属し、10円以上の取引額となることが多いです。

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寛永通宝以外の主な穴銭

寛永通宝は穴銭としては最もメジャーな部類で、時代劇などで目にしたことがある人も多いでしょう。

しかし、寛永通宝以外にも穴銭は存在し、高値で取引されているものもあります。

皇朝十二銭

皇朝十二銭とは、708~963年(和銅元年~応和3年)の250年以上にわたって律令制のもとで公的に発行された12種類の銅銭の総称です。「本朝十二銭」「皇朝十二文銭」とも呼ばれています。

日本最古の流通貨幣として有名な和同開珎は、皇朝十二銭として最初に鋳造された銅貨です。いずれも円形で、中央に正方形の穴が空いた形状をしています。

奈良時代から平安時代にかけて鋳造され、それぞれの時代に3種類、9種類が発行されました。

皇朝十二銭は穴銭の中では群を抜いて古い時代に発行されたものであり、買取相場は1〜10万円程度になります。

銭銘発行年
和同開珎708年(和銅元年)
万年通宝760年(天平宝字4年)
神功開宝765年(天平神護元年)
隆平永宝796年(延暦15年)
富寿神宝818年(弘仁9年)
承和昌宝835年(承和2年)
長年大宝848年(嘉祥元年)
饒益神宝859年(貞観元年)
貞観永宝870年(貞観12年)
寛平大宝890年(寛平2年)
延喜通宝907年(延喜7年)
乾元大宝958年(天徳2年)

天保通宝

天保通宝は江戸時代後期となる1835年(天保6年)に鋳造された銭貨で、明治時代にかけて流通しました。

小判のような楕円形で、中心には正方形の穴が空いた形状をしています。表面には「天保通寳」と縦一列に刻印され、裏面には穴の上側に「當百」、下側に後藤家の花押と記されています。

天保通宝の価値は当時で「100文」とされ、裏面に刻印された「當百」が100文相当という意味です。

買取相場は200〜500円程度ですが、保存状態が良いものはプレミア価値がつくこともあります。

大世通宝

大世通宝は、室町時代の1454年頃から琉球王国で使われていた穴銭です。

日明貿易で用いていた永楽通宝をベースとしおり、永楽通宝の「永楽」という部分を「大世」という文字に改造して鋳造されました。つまり、「通寳」の部分は永楽通宝のままになっており、大世通宝の「通寳」部分と「大世」部分との字体が異なっていることが見て取れます。

買取相場は数百円〜2,000円程度と考えられますが、状態によって異なります。

世高通宝

世高通宝は、大世通宝、金圓通宝と並ぶ「琉球三世銭」のひとつです。大世通宝と同じく中国明朝の永楽通宝を改造して作られています。

大世通宝と同様に古銭市場での流通量は少なく、個別のケースごとに買取価格は大きく異なります。

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寛永通宝を高く売るコツ

寛永通宝を高く売るには、以下のポイントを確実に押さえておきましょう。

  • 適切に保管する
  • 早い段階で売却する
  • まとめて売却する

これらについて説明します。

適切に保管する

寛永通宝などの古銭を高く売るうえで重要なのは、適切に保管して本来の状態から劣化させないことです。

そのためには、専用のコインケースなどに入れて保管し、湿気や直射日光を避けるようにします。湿気で錆びたり、直射日光で変色する恐れがあるためです。皮脂や汗でも劣化するため、素手で触らないことも大切です。

また、汚れを取ろうとしてゴシゴシと磨くと古銭が傷つき、かえって価値を下げてしまうことにもなりかねないため、そのままの状態で保管しましょう。

早い段階で売却する

さきほども説明したように、古銭はさまざまな要因により劣化するリスクを抱えているため、劣化が進行しないうちに売却するのがおすすめです。

大掃除や遺品整理などで古銭が出てきたら、そこからさらに経年劣化が進まないうちに査定に出すのが良いでしょう。

また、もし手元に残しておくつもりでも一度査定を受けて価値を確かめておくのも良策です。

まとめて売却する

古銭は単品よりもセットにすることで付加価値をプラスできることがあります。数十枚以上の寛永通宝を保有しているなら、まとめて査定に出すほうが良いでしょう。

多くの古銭のうち、ほとんどはそれほど価値がないものの、特定の1枚だけ他のものより抜きん出た価値がつくことも珍しくありません。

そのため、古銭はなるべくまとめて売却するのがおすすめです。

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まとめ:寛永通宝の価値を調べるには買取業者の査定を利用する

寛永通宝は江戸時代に流通し、300年以上にわたり使用された代表的な穴線です。

全体として流通量が多いためそれほどの価値にならないケースが多いですが、中にはプレミア価値がつくものも存在しています。

もし寛永通宝を大量にお持ちであれば、まとめて査定に出してみましょう。その中には価値ある種類、状態のものが眠っている可能性があります。

うるココでは、古銭買取を積極的に展開しており、無料査定をご利用いただけます。何かのきっかけで寛永通宝などの古銭が見つかれば、経年劣化する前に一度査定を受け、その価値を確かめてみてください。

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